写真を撮るという事。撮影の美学。カメラマンとしての心得。

足立です。


今日は「写真を撮る」という事について、撮影というものの美学などをお話ししていきたいと思います。

写真を撮るという事。撮影の美学。

「写真を撮る」という事は、構図やアングルを一枚の画に収めるという事。


ある意味では「空間をデザインする事」と言えるかもしれません。


ただ「写真」というものを突き詰めていくと、その一枚の画から「何かを伝えたい」という事に辿り着きます。




撮る瞬間、撮る瞬間、毎回色んな映画のワンシーンがイメージとして浮かびます。





こういう撮り方であれば、比較的簡単に空気感をデザインしやすくなります。


そういう意味ではこの「撮り方」は、ものづくりにも似ています。


どんな空気感を漂わせる作品にしたいのか?という問いから始まるのです。




そして『なぜ?』とその問い続き、テーマやコンセプトなどが決まっていきます。


また、逆のパターンもありますね。


テーマやコンセプトから問いかけが生まれるような・・・。




テーマやコンセプトが決まっていて、そのテーマやコンセプトにあった空気感をデザインし、一枚の画に納めたり、一つの作品を創り出していくわけです。


そしてそこには「ストーリー」があるんです。




またその一枚の写真から、僕は空気感や雰囲気を伝えたいという事も常々考えています。




だからこそ「写真を撮る」という事は空気感を創る事だと思っています。





私がいつも写真を撮る時に意識している事は、映画のワンシーンの画を想い浮かべるという事。


まさにそんなイメージで写真を撮っているんです。


カメラマン、足立博とセンスの無いカメラマン達。

少し話は変わりますがCANDy BLOODの一般客用サイトのブログを書いている革職人Mikiの本業は今年2012年で11年目になるファッションモデルです。


彼女は、毎年次の1年間の仕事を決定付ける所属事務所のアルバムに載せるためのアルバム撮影をするのですが、毎年そのカメラマンを私がやっています。


プロカメラマンではない素人の私が、そんな大切な撮影をして良いのか?と思われるかもしれませんが、私は過去に二度、全国の写真コンテストで優秀賞と銅賞のタイトルを持っています。


ちなみに優秀賞をもらった方のコンテストはプロのカメラマンでも優秀賞は何年出し続けても取れないというハイレベルのコンテストだそうです。


ですので、私が撮ってもライティングが重要なスタジオ撮影でない限り、ロケ撮影なら違和感を持たれる事はありません。




そもそもプロのカメラマンとは名ばかりな、ただの写真オタクなだけのセンスの全くないカメラマンの方が圧倒的に多いと僕は常々思っています。


それなら僕が撮る方がよっぽどマシだとすら思っているというのはここだけの話(笑)。

でも、こうして僕が「撮る」という事に対して訝しく思っている人も少なくない事も僕は知っています。


しかしその主張はこういうもの。


『プロのカメラマンじゃないんだから、専門のプロカメラマンに任せた方が絶対綺麗な写真が撮れるに決まってる。違う分野に顔を突っ込まない方が良い。』


正直なところ『なんで?』と思ってしまいます。


これたはだ私に仕事を取られるから、違う分野のお前は顔を突っ込むな、という意味なのですから。


要するに彼等はプライドを傷つけられているのです。


ただ、そんな「私ごとき」に仕事のチャンスを奪われるような、レベルの低いカメラマン自体がどうかなのかと僕は思います。


もっと腕を上げて圧倒的な力の差を見せつければ、いちいち僕だって違う分野に顔を突っ込まないで済むというものです。




センスの悪過ぎるカメラマンが多いからこそ、僕が撮った方がよっぽどマシだと感じさせてしまうのです。


まさにダメなのは自分達の方。


当の僕も「モノ作り」という分野で僕よりもセンスの良い感性の素晴らしいアーティストが居るのであれば、そちらに行った方が良いと思って仕事をしています。


それはネットビジネスやマーケティング、ライティング等を学ぶという事でも同じ事で、人(お客さん)には常に「選ぶ権利」があって然るべきなのです。


実際にそれでお客を失うのであれば、僕はそれは僕自身の力不足だとあっさりと認めます。


自分の専門分野でのんびりと緊張感も無いまま仕事をし続ける事。


そこが自分の安全地帯かのような、怠慢な生き方と考え方をする事。


そうなってしまった時点で、もうその人はその専門分野にいるべきでは無いと僕は思います。


もっと自分を脅かす存在すら出て来れないような、自分を作り上げる努力を何故しないのでしょうか。


常に自分にプレッシャーをかけて感性を研ぎ澄まさず、ただ新しい人種が入ってきただけで恐れおののき、排除しようとするその醜い考え方がカッコ悪すぎます。


少なくとも僕は日々、そう思って全ての仕事に打ち込んでいます。




ただ、実際に多くの「プロのカメラマン」は(カメラマンに限った話ではないのですが。)、そんな考えで仕事をしている為、実際に僕ごときの「プロでは無いカメラマン」に見下されれてしまうです。


そんな向上心もプライドも無いカメラマンがなんぼのもんじゃい!と(笑)


逆に腕の良いカメラマンこそ、この話には共感してくれるはずです。


本当のプロは決してそんな怠慢な姿勢で仕事をしていないからです。


切磋琢磨して自分自身に淘汰圧力をかけているから、私にすら見下されるカメラマンとは違う洗練された技術とセンスを醸し出しているのだと思います。


また、そういうカメラマンは僕の撮る写真を素直に褒めてくれます。


「その辺のプロよりよっぽど上手いね。」と。


ただこれは決して僕の腕を自慢しているわけではありません。


僕はそんなプロのカメラマンを讃えているんです。


それだけその人は自分の腕に自信があり、だからこそ僕の写真を素直に褒められるのです。


もっと言えば僕にはそのカメラマンを超えれないという余裕があるという事。


これが先程書いた努力をしていないセンスの無いカメラマンと大きく違うところだと思います。


僕なんどを排除しなくてもそのプライドを脅かされるような事は無い事を態度で示しているのです。


ただこれはどんな分野であっても、どんなに賞賛され認められた分野であっても、プロである以上はあぐらをかいている暇など無いという事です。


プロの世界に身を置くという事は、プロであり続ける努力はもちろんの事、個に磨きをかけてオリジナルな代替えのきかない唯一無二の存在にならなければ一流であり続ける事は出来ません。


その努力を怠ってしまったなら、どの道その人は淘汰されてその世界から消えてしまうハメになるのです。


写真は誰でも撮れるもの



ちなみにですが、僕は未だに「絞り」がどうとか「露出」がどうとか「ホワイトバランスがなど、その手の事は全く分かっていません。


ただ実際にファインダーを覗き、そこに広がるアングルの中の世界観を創り出すには、そんな事を知らなくたってシャッターを押せば写真なんてものは「撮れてしまう」んです。


専門家は頑固で頭が固いものですから、それでは邪道だと言ってくる人もいます。


ただそんな僕の撮った写真が、そのカメラマン達よりも優れた人に贈られる賞を取っているというのが現実です。


全国のコンテスト2度参加して2回とも、写真業界では有名な先生方が審査員をする中で賞をもらっているのです。


そう考えると、その辺のカメラマンが私に文句を言おうが説得力はまるで無いというものです。




つまり写真は絞りがどうとか、そんな事を全くわかっていなくても、ファインダーを覗いた時の感覚で、イメージしていた色合いや雰囲気と違うぞ、と思ったら、その知りたい所だけをググればその問題はその都度解決していく事が出来ます。


何も絞りや露出やホワイトバランスを完璧に頭に叩き込む必要はないのです。


その頑固で頭の固いカメラマン立が言っている事は、結局カメラの使い方も分からない奴に写真を撮る資格は無いと言いたいだけなのです。


ただ私から言わせれば、彼等はただ「カメラの使い方」を知っているだけの人達です。


結局カメラなんて、頭の中にあるイメージ通りの画が撮れて、その写真を見た人に何を伝えられるか、どいうだけのもの。


誰が撮ったって伝わる写真を撮れれば機械に詳しくなくたっていいんです。


要は写真を撮る「感覚」の問題だと思います。


そう考えると、その「カメラの使い方を知っているだけの人達」はまさにその写真を撮る最初の段階からズレているのではないかと思ってしまいます。


まあ、これはあくまでも「僕の考え」ですが。




結局のところ「写真」はどんな世界観で空気感をデザインし、それを一枚の写真に出来るかどうか。


それが全てだと僕は思っています。


プロのカメラマンがこれ読んだら、「コイツ、2回賞を取ったくらいで何を偉そうな事を言ってやがる!」とムカつくれるかもしれません。


ただ、ある意味ではその感情の栄目が別れ道なのではないでしょうか。


おそらく本当に腕の良いカメラマンなら、僕がここで何を語っていようとムカついたりはしないはずです。


この僕の主張に賛同までしてくれるかどうかはわかりませんが、一流の人間からすれば、こんな僕の主張にムカつく理由など無いと思います。


こんな僕ごときの素人カメラマンの主張に動揺する「理由」も「道理」も無いという事です。


むしろ一流の人間には僕以上の独自の考えや美学があって然るべきだと思うからです。


逆にいちいちこのような主張に文句を言いたいようなカメラマン達は、自分の撮る写真が高く評価されず自信の無いカメラマンなのではないでしょうか。


2ちゃんねるなどでその道のプロの人間を偉そうに誹謗中傷する奴らと全く同じ思考パターンになっているのではないかと思います。


見方を変えれば可哀想な人達ですけどね。


マニュアル通りの生き方はつまらないという美学

今回の記事で僕が何が言いたいのか。


それは「カメラの使い方も知らない奴にカメラを撮る資格は無い」と言うようなマニュアル人間ではなく、分からない事があれば、その都度分からない箇所だけを勉強して臨機応変に柔軟に対応できる人間になる事を勧めたいという事です。


マニュアル人間とは型にはまった想定内にしか対応ができなくなる生き方しかできない可能性が高い人達です。


そんな人では、何が起こるか予測が立てにくい今後の世の中を上手く生き抜く事は出来ません。


僕は中学さえ中退してきた低学歴人間で、まさにその「マニュアル通り」の生き方とは正反対の生き方をしてきた人間です。


ただそれでも世間で言うところの「マニュアル通り」の生き方をしてきた友人達や、実際に高学歴な人達と話をする機会があっても、その誰もが僕よりも明らかに幸福度を低く感じて毎日を生きているような気がします。


それはもはや「生き方」の問題なのだと思いますが、その「生き方」で人生の楽しさが変わります。




詰まらない人生より、楽しい人生。


これは誰しもが共通して思っている事なはず。


この記事がその「生き方」についてのほんの少しのとっかかりになれば嬉しいです。


Hiroshi Adachi


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“写真を撮るという事。撮影の美学。カメラマンとしての心得。” への1件のフィードバック

  1. Hiroki より:

    この度、記事の内容を拝見させて頂きました。
    私も低学歴ッて言うよりも問題児だったので中学時代はオール1で、高校は通信制卒です。
    今はウェブデザイナーになる為、スポーツ写真を撮影・ネット販売をしている会社で働いています。
    明日は初めてのカメラマンとして小学生の集合写真を撮影に行きますが、Hiroshiさんの言う通りに撮影をしてみようと思います。
    どうでも良い事ですが、不安に思っている気持ちが少し楽になりました。
    ありがとうございました。

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Hiroshi Adachi

足立博


中学中退という異例の経歴を持つ「小卒社長」。2000年にバリ島家具のフルオーダー専門店ROBIN、2004年にCANDy BLOODを開業。同時にインターネットマーケティングを学び各リアル店舗事業を成功させる。
>足立博プロフィール・経歴


物販事業経営者、アフィリエイター、マーケッターが集まるHiroshi Adachiのブログの運営を開始。クリエイターとしての活動の傍らマーケティングアフィリエイターとして情報発信中
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