コピーライティング講座。伝わる文章、反応の取れる文章の書き方とその構成要素。

足立です。


今回、僕が書こうと思うのは「文章によって何かを書く」と言う事は、一体どういう事なのか。


そして「伝わる文章」を書くには一体どういう要素が必要なのか。


このようなコピーライティングの根本とも言えるポイントをテーマにお話ししていきたいと思います。


ちょっと哲学的な雰囲気が漂う題目になってしまいましたが、内容はそこまで小難しい事ではありません。


むしろ伝えたい事は非常にシンプル。


もしもあなたが文章というものでお金を稼ごうと思っているなら。


この「ネットビジネス」の業界で何らかのビジネスをしているなら、今回の記事は非常に重要な事をお伝えしています。


是非とも最後まで付き合い頂ければ幸いです。

コピーライティング講座。伝わる文章の書き方とその構成要素。

人が文字を書くようになって何万年経ったのでしょうか。


壁に描いた絵から始まり、その延長線で象形文字が誕生したというのが文字というものの最古の歴史だそうです。


最初は自分たち種族だけにしか意味の分からない象形文字が隣の種族に伝えられ、更に隣の種族に伝わりながら少しずつ大陸全体へと拡がっていきました。


やがてその象形文字が少しずつ形を変え、時代のすすみと共に今のような文字に形を変えていったわけです。


そんな文字を僕たちが「書く」理由。


それは自分が思う事、考えている事を誰かに伝えたいからではないかと思います。


日記を書くのは何故か。


ブログの記事を書くのは何故か。


フェイスブックで近況を綴るのか何故か。


ツイッターでつぶやくのは何故か。


お金の為?


アクセスを集める為?


ブランドを作る為?


大きな目的は人それぞれかと思いますが、その文章1つ1つの役割は結局のところ「何か」を伝える事に集約されているのではないかと思います。


ただ、そんな中で多くの人の共感を生み、感動を生み、コピーライティング界隈での言い方をするなら「反応」が取れる文章というものには確固たる1つの共通点があります。


それは「伝えたい事、感じて欲しい事が明確に定められた文章である事」です。


裏を返せば、何の共感も生まない、感動も生まない文章は共通してこの「伝えたい事、感じて欲しい事」が明確に定められていません。


例えば「コピーライティングとは」というテーマで記事を書いてあっても、書き手がその記事で「読み手に何を伝えたいのか。」「何を思って欲しいのか。」「何を感じて欲しいのか。」を明確に見据えていなかった場合、その記事は間違いなく空虚で「反応の取れない文章」になります。


要するにその文章に「芯」が通らず、「魂」が込められないのです。


ネットビジネスの業界でお金の為、アクセス集めの為に文章を書き、ブログなどに記事を投稿している人の多くはそういった「空虚な文章」をひたすら書き続けている傾向にあります。


お金の為、アクセス集めの為という大きな目的があっても、いざ書き綴っている文章というものに芯を通し、魂を込めて「確固たる目的」を持たせる事が出来ていないのです。


そんな文章では反応など取れるはずがありません。


だから「稼げない」のです。


反応の取れる文章の書き方とは。

本来、文章は「自分の主張」「自分の考え」更には「自分自身を証明したい」という意図から、それを言葉にして綴っていくものだという事を忘れてはいけません。


それが「あなたの言葉」でなければ「反応」を取る事は出来ないのです。


どこかから借りてきてそれらしい言葉を綴ったところで、そんな文章は絶対に空虚なものにしかならないという事です。


自分の考えを誰かと共有したい。


自分の主張に賛同して欲しい。


自分自身が人から評価されたい。


そんな強い思いが「あなた自身の言葉」として表現され、それが「反応が取れる文章」として現れていくのです。


だからこそ、反応を生み出す文章、感動を生み出す文章を書いていく為には必ずあなた自身がその文章を“心”で書かなければなりません。


あなたが心で感じている事、思っている事を自分の言葉で書くのです。


そんな書き手の「心」や「感情」が伝わった時、読み手はその文章に「何か」を感じるのです。


その「何か」こそがコピーライティングの界隈で言われる「反応」というものなんですね。


その文章にあなたの感情や思いが何も込められていなければ、その文章で「何か」を感じてくれる人など、まずいるはずもありません。


だからこそそんな空虚な文章では何の反応も生み出せないのです。


そして自分の感情や思いの先には、あなたが潜在的にも抱いている「伝えたい事」「感じて欲しい事」「共感して欲しい事」が必ず存在するはずです。


それこそが「その文章で伝えなければならない事」なのです。


それは先ほど例を挙げた「コピーライティングとは」という題材でも同じ事。


その文章は「コピーライティング」というものの意味や有効性を伝える為の記事なのかもしれませんが、それはあくまでも表面上のものに過ぎません。


そこにあなたの思いや感情が込められてなければ、読み手はただ無機質な文章を情報として取り込んで終わってしまいます。


言うなれば「ウェキペリア」や電化製品の「説明書」、ニュースの「原稿」などをを読んでいるのと変わらないわけです。


そこにはただ客観的な事実だけを書いてあり、そういった文章では「書いた人を感じる事」は到底できません。


「私、この説明書を読んで感動して泣いちゃった。」という話を聞いた事があるでしょうか。


「俺は、ニュース原稿を新聞から切り抜いて、生きる活力にしているんだ。」と、いう友達を見た事がありますか?


その書き方が上手く、解り易ければ「勉強になった」「参考になった」とは思ってもらえるかもしれません。


しかし、そういう文章では「ただそれだけ」で終わってしまうのです。


ウィキペリアのように、それだけが目的のサイトならそれでいいかもしれません。


ただ、このネットビジネスという市場で文章を書いているような人の本質的な目的は「それだけ」で終わってしまっては何も果たせないのでは無いかと思います。


少なくとも僕のような「自分」をアピールして、「自分の文章」を進んで読んでくれるような「ファン」と言う人達をたくさん築き上げていきたいという目的で文章を書いているような人であれば「勉強になった」「参考になった」の先を見なければならないと思います。


「この人ってどういう人なんだろう。」

「この人の話をもっと聞きたい。」

「この人の文章をもっと読んでみたい。」


こう思ってもらわなければならないと思います。


これこそがまさにコピーライティングの界隈で言う「反応」というものなのです。


そんな反応を引き出す上で文章にあなたの感情や思いを込める事は必要不可欠。


それだけは肝に銘じて文章を書いていくようにするべきだと思います。


「心で文章を書く」という事。

心の底から出てきた想いには人の五感に訴えかける力がこもり始めます。


その文章には、その人の匂いや熱や吐息が感じられ、まさにそれが「生きた文章」になるのです。


コピーライティングというものを勉強し始めると、どうしてもテクニックよりなところに向かってしまう人が多い傾向にありますが、まずはこの事を強く意識していくようにしてみてください。


で無ければ、せっかく書いていった文章が全て、誰の心にも響かない「反応の取れない文章」になっていってしまいます。


文章は誰かに読んでもらい、何かを感じ取ってもらって初めて意味を成すものだという事を忘れてはいけません。


「でも具体的にどうすれば・・・」


と思われるかもしれませんが、これはもう簡単な事です。


要するに「あなたの感情を綴ればいい」という話なんですから。


例えば「日記」の文章。


いつの日か自分が読み返した時、『あぁ、この時はこんな事を想っていたんだなぁ。』と、その時の事が鮮明に蘇るような文章であれば、それはまさに「自分の感情が綴られた文章」と言えるはずです。


対してそこにただ箇条書きにしたような『○月○日○曜日。今日は朝起きて選択して外に出かけて夜帰って来て、風呂に入ってテレビを見た。今から寝る。』というようなものだけが綴られていた場合、その文章を後々読み返して「何か」を感じる事が出来るでしょうか。


おそらく、その文章からは何も感じられず、当の自分自身がその文章に「反応」する事は無いと思います。


心で書く、心を書くとはそういう事であり、「あなたの感情を綴る」というのは、まさにそういう事なんです。


「心」を文章に綴る効果的な方法。

また、もう少しテクニカルな話をするなら「心から感じた想い」を文章に書く時には「順接」と「逆説」と「因果関係」の3つの接続詞に気を付けて、文章を書いていく事を心掛けてみてください。


接続詞とは構成された文章と文章の要素同士を繋ぐ役割を持っています。


これは文章において非常に重要な役割で、普段の会話の中でも使っているので、どれも簡単に理解する事ができると思います。


まず最初の“順接”は、文章と文章のそれぞれの論理の流れが変わらない時に使う接続詞です。


順接の中にもいくつかの種類があります。


ひとつ目が、『そして』『むしろ』『しかも』という、あるものにさらに付け加える、という使い方をするもの。


二つ目が、『すなわち』『つまり』『要するに』『要約すると』という、言葉を替えて言う使い方をするもの・


三つ目が『例えば』という、例を示すものがあります。


例として、簡単に説明しておきます。


ひとつ目が、「僕は野球が好きなのですが、“むしろ”サッカーの方が好きです。」と、言うように前の文章と、後ろの文章の流れは変わってはいません。


二つ目が、「僕は野球やサッカーやバスケットボールが好きなのですが、“要するに”球技が好きなのです。」と、前の文章の流れは変わっていません。


三つ目が、「僕は球技が好きで、“例えば”野球が好きです。」これも、前の文章と後ろの文章の流れは変わっていません。


順接とは、このように前の文章と後ろの文章の流れが変わらない時に使う接続詞の事です。


この3つは日常会話の中で普段から使っていると思うので、意識しながら文章を書いていくうちに感覚で覚える事が簡単にできると思います。


次の接続詞は“逆説”です。


これは論理の流れが逆転する時に使う接続詞です。


『しかし』『だが』『でも』『対して』『にもかかわらず』が、それに当たります。


例えば、「僕は野球やサッカーやバスケットボールが好きなのですが、“しかし”ゴルフが嫌いです。」と、前の文章と逆の事を言っています。


前の文章では、好きなスポーツを言っていて、後ろの文章では、嫌いなスポーツの事を言っています。


このように、文章の流れが逆の流れになる時に使う接続詞が逆説です。


最後の接続詞が、“因果関係”です。


これは原因と結果を表す時に使う接続詞で、『だから』『なので』『すなわち』です。


例えば、「僕は野球やサッカーやバスケットボールが好きです。“すなわち”球技が好きなのです。」と、ある原因が先にあって、そこから結果が出た時に使う接続詞の事です。


文章の繋ぎ方は、『順接』と『逆説』と『因果関係』の、この3種類だけ覚えれば良いと思います。


この3つの接続詞は文章を書く時に絶対に必要です。


なぜなら、文章というのはこの接続詞によって、支えられているからです。


接続詞が無いと中身が文章という器の中からこぼれ落ちてバラバラになってしまいます。


接続詞の使い方が正しく無ければ文章は成り立ちません。


その証拠に、この文章を読んでみて下さい。


『野球が大好きな僕。だからサッカーも大好きです。なので、バスケットボールが大嫌いです。』


この文章おかしくありませんか?


文章が破綻しています。


器から何かがこぼれているように感じられると思います。


正直、これでは何も伝わりません。


この文章を成り立たせて、人に伝わる文章にするには正しい接続詞の使い方をしなければいけません。


『野球が大好きな僕。でも、サッカーも大好きです。しかし、バスケットボールが大嫌いです。』


これなら伝わります。


せっかく心からの想いである、野球もサッカーも大好きで、バスケットボールが大嫌いだという事が伝えたいのに、接続詞が正しく使えなければ人に伝える事ができず、誰の記憶には残せません。


これでは「自分の思いを伝えられる文章」を書き残す事はできません。


この3つの接続詞を正しく理解して使う事が出来れば、それで十分に人の心に残る文章が書けるようになると思います。


「人に伝わる文章」の大前提と要因。

人に伝わる文章は、途中で破綻していない事が大前提なのですが、ただ文章が破綻していなければ良いという事ではありません。


例えば、専門用語ばかりの文章や横文字ばかりを使った文章は、例え破綻していなくても読みながら書いてある事をイメージする事が出来ません。


結果として何がなんだかサッパリ理解する事ができな文章になってしまうのです。


このように、文章が破綻していないだけではなく、書いてある事がイメージ出来なければ読み手に伝わりませんし、接続詞が適切でも文章の中身に興味がなければ何も伝わりません。


文章も接続詞も正しく両立させる事がとても大事な事なのです。


そこで、読み手に伝わる文章を書くためには、書き手と読み手との共通のプラットホームが必要になります。


ここで僕が言うプラットホームとは、共通するカテゴリーの事だと思って下さい。


文章が読み手に伝わるという事は、書いてある内容が読み手に理解してもらえる事が絶対条件になるので、両者共通のプラットホームが必要になるのです。


そのためには、書き手本人が“誰に向かって書いているのか”を明確に理解していなければなりません。


読み手が知らない事は、いくら破綻していない文章を書いたとしても読み手には伝わらないのです。


そこで、僕が辿り着いた結論があります。


それは「文章を書くには読み手に対する思いやりが必要になるのだ」という結論です。


心から感じる想いを、思いやりを持って書く事が出来れば、それはきっと「反応」の取れる文章になるはずです。


それだけは間違いのない鉄則と言っていいのではないかと思います。


文章というものの本質的な話から、わりとテクニカルな話までを綴らせて頂きましたが、少なからず、僕がこの「コピーライティング講座」であなたに伝えたかった事は伝わったのではないかと思います。


コピーライティングは僕が考える限りネットビジネスという業界での成果を上げていく上では最も重要なベクトルを占めるものだと思いますので、このスキルの追及は常に行い続けていくべきではないかと常々、思っています。


このコピーライティングというスキルを無視して、ネットビジネスでの大成はまずありえません。


それだけは間違いないと思います。


そういう考えからこのコピーライティングという分野については、このブログでも最も多くの方向性からその関連記事を綴っていますので、よろしければそちらの方にも是非、目を通してみてください。


きっとあなたの今後にも役立つ内容になっているはずです。


それでは。


Hiroshi Adachi

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足立博


中学中退という異例の経歴を持つ「小卒社長」。2000年にバリ島家具のフルオーダー専門店ROBIN、2004年にCANDy BLOODを開業。同時にインターネットマーケティングを学び各リアル店舗事業を成功させる。
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